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【画像】徹子の部屋に永六輔と大橋巨泉出演!こんな内容でした

2016年7月20日追記:

永六輔さんも、大橋巨泉さんも、
亡くなってしまいました。

以下は、
2016年2月4日に書いた記事です。

当時はお二方とも、
ご存命だったので、
少し冗談めかして書いています。

ご了承下さい。

【2016年2月4日記事】

2月4日の徹子の部屋に、
永六輔と大橋巨泉が揃って出演しました。

徹子の部屋が始まった40年前から
二人とも現役で活躍していて、

永六輔は「ラジオの巨人」、

大橋巨泉は「テレビの巨人」、

として冒頭で紹介されたんですが、
二人とも揃って老いが大変なことになっています。

まぁそれはそうですよね。

永六輔も大橋巨泉も相当、
年を食ってますから。

それにしても永六輔は、
「ラジオの巨人」なのに、
何言っているのか分からないほど、
口が回らなくなってしまってました。

ということで、
今回は徹子の部屋に出演した、
永六輔と大橋巨泉について取り扱います。

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永六輔ってどんな人?

永六輔(えいろくすけ)は、
1933年4月10日に、
東京・元浅草の最尊寺の住職を勤めていた永家の息子として生まれました。

本名は、永孝雄(えいたかお)です。

下の画像は、徹子の部屋出演時の永六輔です。

めちゃくちゃおじいちゃんですね。
もう82歳だから仕方ないですけどね。

【画像】徹子の部屋に永六輔と大橋巨泉出演!老いがひどい
1946年に長野県立上田中学校に入学したのですが、
1947年には東京へ戻り、
旧制の早稲田中学校に2年生の時に転校します。

その後の学制改革で、
新制の早稲田中学校・高等学校となったので、
3年で高等学校に昇級進学して卒業することができました。

この頃からラジオに興味を持っており、
戦争の焼け跡の金属を換金し
秋葉原で部品を買い鉱石ラジオを組み立てるグループを作りました。

ちなみに、そのグループのリーダーは、
故・渥美清でした。

また、ラジオを組み立てるではなく、
NHKのラジオ番組『日曜娯楽版』にも
ネタを投稿するようになります。

ラジオと関わりながらも、
1952年に早稲田大学第二文学部へ入学します。

第二ということは夜間に早稲田大学に通っていたんですね。

それ以降、
永六輔とラジオの関わりはずっと続いています。

聴取者、放送作家、
ラジオパーソナリティーと立場は変わっても、

60年以上もラジオと関わり続けているんだから凄いですよね。

黒柳徹子が永六輔のことを
「ラジオの巨人」と呼んだのもうなずけます。

ちなみに永六輔は、
自身がパーキンソン病だということを
2010年に公表しています。

呂律が回らなくなってきているのは、
そういった理由があるんですね。

大橋巨泉ってどんな人?

大橋巨泉(おおはし きょせん)は、
1934年3月22日に、東京府東京市本所区両国に生まれました。

下の画像は、徹子の部屋出演時の大橋巨泉です。

【画像】徹子の部屋に永六輔と大橋巨泉出演!老いがひどい
昔に比べて、
随分ほっそりとしましたね。

大橋巨泉の本名は、大橋克巳(おおはしかつみ)。

巨泉は俳句をやるのですが、
巨泉というのは元々自身の俳号なんですよ。

俳号というのは、
俳句を読むときの名前です。

大橋巨泉の実家はカメラ屋をやっていたのですが、

芸人の萩本欽一の実家もカメラ屋であり、
両店の間には取引があったのです。

そのため、大橋巨泉と萩本欽一は子供の頃から面識があったんですよ。

叔父の持っていたジャズレコードから
アメリカに興味を持つようになった大橋巨泉は、
アテネフランセ英語科で英語を学ぶようになります。

大学は永六輔と同じく、
早稲田大学に通っていたのですが、
理数系の科目との相性が悪く中退をしています。

このことは、その後、
大橋巨泉が芸能界で大成したため、

早稲田大学を中退したタレントは出世する

という伝説のはしりとなっています。

1960年代に入ると、
伝説の番組『11PM』で、
司会者に抜擢され抜群の知名度を誇るようになります。

その後は、『11PM』だけでなく、
『クイズダービー』等の番組で司会者をこなしていきます。

しかし、1990年の56歳の時に、
「セミリタイア」を宣言。

『ギミア・ぶれいく』という番組以外の
司会者を全て自分から降板しました。

以降は、11月から翌年4月まで
オーストラリアとニュージーランドに、
6月から9月までカナダに滞在するという生活を送っています。

日本に帰ってくるのは、
5月と9月から10月末までの約3ヶ月間だけなんですよ。

その期間はテレビのバラエティ番組にも出演しています。

今回の徹子の部屋には、1月なのに出演しましたけどね。

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徹子の部屋での永六輔と大橋巨泉

永六輔は、
渥美清にここにいて欲しかったと語り、
僕はちょっと悲しくなりましたよ。

自身のパーキンソン病についても語っており、
ラジオの仕事は夕方のほうがやりやすいとのことでした。

大橋巨泉は、
自分のこと「大橋巨泉」と呼ぶのは、
今は永六輔だけだと語っていました。

80歳を過ぎると、
呼び捨てで呼ぶ人もほとんどいなくなるんですね。

また、
大橋巨泉は自身のガンとの戦いについても語っていました。

今は、ガンを予防するための
抗ガン剤というものを打っているとのことでした。

2016/7/20追記:

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まとめ

徹子の部屋での永六輔と大橋巨泉は、
年のせいで随分ほっそりしてしまってましたが、
僕が見る限りはお元気そうでした。

永六輔はやっぱり呂律が回ってなくて、
ちょっと言っていることが聴き取りづらかったですけどね。

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